SUPER BEAVERのボーカル、渋谷龍太さん。ドームツアーを完遂し、映画ではブルーリボン賞新人賞を受賞するなど、今や日本を代表するフロントマンの一人です。それでも渋谷さんが暮らし続けるのは、生まれ育った新宿・歌舞伎町。「ただの地元です」と笑うその姿にこそ、等身大の魅力が詰まっています。
この記事では、渋谷龍太さんにとっての歌舞伎町とはどんな場所なのか、人柄を伝える言葉やエピソード、そしてユニクロをはじめとするファッションの考え方まで、本人の発言をもとに徹底的に掘り下げます。2026年11月1日に報じられた山田洋次監督との対談エピソードも紹介します。
この記事で分かること
- 渋谷龍太さんのプロフィールと、実家・学歴の素顔
- 歌舞伎町で生まれ育ち、今も住み続ける理由と行きつけの場所
- 観客を「あなた」と呼ぶ理由に表れる人柄
- ユニクロとの縁と、ファッションの実用的な考え方
- 俳優デビューと、SUPER BEAVERの現在地(ドームツアー完遂)
渋谷龍太さんのプロフィール
| 名前 | 渋谷 龍太(しぶや りゅうた) |
|---|---|
| 生年月日 | 1987年5月27日 |
| 出身地 | 東京都新宿区(歌舞伎町) |
| 血液型 | O型 |
| 担当 | SUPER BEAVER ボーカル |
| 愛称 | ぶーやん |
| ソロ名義 | 澁谷逆太郎 |
| 公式SNS | X/Instagram:@gyakutarou |
渋谷龍太さん本人のX投稿(2025年6月20日)。初のスタジアム単独公演となったZOZOマリンスタジアム初日、花柄シャツで歌う本人の写真とともに「今日はあなたが居たから最高だった」と綴っています。
※出典:渋谷龍太さん公式X。表示されない場合はリンク先で投稿を確認できます。
実家は中華料理店、進学先は栄養専門学校
実家は飲食店(中華料理店)を営んでおり、渋谷龍太さんは厨房に立つ父親の背中を見て育ちました。高校卒業後は服部栄養専門学校に進学し、卒業しています。バンドマンとしてのイメージからは意外な「料理」の素養が、実は渋谷さんの原点の一つです。なお、バラエティ番組では実家の店名が共演者から明かされ、名前の由来にまで言及されて本人が焦る一幕も報じられました。
愛称「ぶーやん」は、名付け親が柳沢亮太さん
ファンから親しまれる愛称「ぶーやん」の名付け親は、バンドのギター・柳沢亮太さんだといいます。本人はこの呼び方をあまり気に入っていない、というエピソードまで含めて、メンバーとの距離感の近さが伝わってきます。SUPER BEAVERは2005年に東京で結成され、2009年にメジャーデビュー。一度メジャーを離れて年間100本以上のライブを重ねる下積み時代を経て、2020年にメジャーへ復帰しました。
渋谷龍太さんにとっての歌舞伎町とは
生まれた病院も、ホテル街の中にあった
渋谷龍太さんは歌舞伎町生まれ、歌舞伎町育ちです。本人いわく「僕が生まれた病院もホテル街のなかにあった」そうで、「ずっと歌舞伎町の景色を見て育った」と語っています。幼少期は歌舞伎町や新宿6・7丁目で過ごし、小学2年生頃からは両親と毎週のように映画館へ通っていたといいます。日本最大の歓楽街として知られる街は、渋谷さんにとっては特別な場所である前に「日常の風景」だったのです。
売れても、今も新宿に住み続ける
クラスメイトの多くが大人になって新宿を離れる中、渋谷さんは今も地元に住み続けています。その理由について「歌舞伎町に戻ると”帰ってきた”って安心します」「歌舞伎町のプレゼンができないんですよ。”地元だから”以外の理由がなくて」と語ります。歌舞伎町とはどんな街かと聞かれても「気の利いたことは言えないけど、ただの地元です」。この飾らなさこそが、渋谷龍太さんという人の核だと言えます。
行きつけは新宿LOFT、ゴールデン街、末廣亭
思い出と行きつけの場所も地元に集中しています。新宿LOFTは高校2年で初めて訪れ、19歳で初ライブをした場所。一人暮らし時代にはバースペースに飲みにも行っていたそうです。新宿ゴールデン街には「しょっちゅう行く」と公言し、落語好きとして知られる渋谷さんは新宿末廣亭にも「ずっと行っている」と語ります。ライブハウス、飲み屋街、寄席。歌舞伎町とその周辺は、渋谷さんの感性の培養地そのものです。
街の変化にも、抵抗はない
コマ劇場の閉館(2008年)などを境に変わってきた歌舞伎町について、渋谷さんは率直な見方も口にします。一方で「変わっていくことに抵抗はない。どんどん素敵な街になればいい」と前向きです。「ヘンにかっこつけてないんですよ、新宿って。街として等身大な感じがする」という言葉は、そのまま渋谷さん自身の生き方への評にもなっています。
Zepp Shinjukuのこけら落としと、『歌舞伎町ララバイ』対談
2023年4月、歌舞伎町に誕生したZepp Shinjukuのこけら落とし公演初日を務めたのはSUPER BEAVERでした。2025年10月には、作家・染井為人さんの小説『歌舞伎町ララバイ』の刊行に合わせ、歌舞伎町のど真ん中で対談も行っています。なお、下積み時代に居酒屋で長年アルバイトをしていたことは本人が語っていますが、その勤務地が歌舞伎町だったかどうかは公表されていません。「歌舞伎町で生まれ育った地元民」というのが、確認できる正確な関係です。
「かぶきまち生まれです」山田洋次監督との対談(2026年11月1日)
『男はつらいよ』全50作を観た大ファン
2026年11月1日、東京・柴又で開かれた「寅さんサミット2026」で、渋谷龍太さんは山田洋次監督と対談しました。渋谷さんは映画『男はつらいよ』全50作を観ている大ファンで、自身のタトゥーに「啖呵売」と刻んでいることも明かしています。寅さんへの深い愛は、ブルーリボン賞の授賞式で山田監督と初対面したご縁から、この対談へとつながりました。
「生まれも育ちも新宿だね」と言われて
対談で山田監督から「君の場合は”わたくし、生まれも育ちも新宿”だね」と言われ、渋谷さんが歌舞伎町生まれであることを明かすと、監督は「そういう場合、寅さんのような人たちは”かぶきまち”って言うんだろうな」と応じました。これに渋谷さんは「きょうから変えていきます。かぶきまち生まれです」と感激したそうです。歌舞伎町が、また一つ渋谷さんの物語に刻まれた日になりました。
人柄:観客一人ひとりを「あなた」と呼ぶ理由
「あなたたち」ではなく「あなた」
渋谷龍太さんのライブMCの特徴は、観客を「あなたたち」ではなく、一人称の「あなた」と呼ぶことです。エッセイ集『吹けば飛ぶよな男だが』には、その理由を綴った一篇も収録されています。大きな会場でも「1対1を人数分やりたい」という姿勢は、スタジアムやドームの規模になっても変わりません。ZOZOマリンスタジアムの投稿で「今日はあなたが居たから最高だった」と書いたのも、その哲学の表れです。
「嫌な思いをする必要はない」という言葉
インタビューでは「誰であっても、どんな場面であっても嫌な思いをする必要はない」と語り、しんどいときは正面から向き合わず逃げてもいい、という考えも示しています。強さだけでなく「逃げること」を肯定する優しさが、渋谷さんの言葉が多くの人の支えになる理由です。
下積み時代が作った、金銭感覚と暮らしぶり
23歳から30歳手前まで居酒屋でアルバイトをしながら音楽を続けた下積み時代は、今の暮らしにも影響しています。買い物では今も当時のバイト時給に換算して考えてしまうこと、移動は基本的に徒歩か電車であることを、本人が率直に明かしています。「死ぬまで調子に乗らずに済む土壌が出来た」という振り返りには、苦労を糧に変えた人の強さがあります。
文筆家としての一面:小説、エッセイ、そして愛猫「大将」
渋谷龍太さんは文筆でも才能を発揮しています。バンドの軌跡をモデルにした長編小説『都会のラクダ』(2021年)、エッセイ集『吹けば飛ぶよな男だが』(2023年、帯コメントは吉本ばななさん)を刊行。ROCKIN’ON JAPANでは、愛猫「大将」との暮らしを猫の視点で綴るエッセイも連載しています。言葉を大切にする人柄は、歌詞だけにとどまりません。
ファッション:等身大のおしゃれの形
基本は「自分が着たいものを着る」
ファッションについて渋谷さんは「そこまでこだわりとかファッションのポイントとか特になくて。自分が着たいものを身に着けています」と語っています(KKBOX連載インタビュー)。近年はスタイリストに選んでもらった服で新しい自分を発見する楽しさも語るようになりましたが、根底にあるのは背伸びをしない姿勢です。柄シャツを好むことでも知られています。
ユニクロとの縁:35周年のモデルと、UTme!コラボ
渋谷さんとユニクロの縁は確かです。2019年、ユニクロの誕生感謝祭35周年ではモデルを務め、ユニクロ公式は渋谷さんを「長年ご愛用いただいているユニクロスキニージーンズ」にドライカラーTシャツを着こなす人として紹介しました。本人も「”続いた”でなく”続けた”んですね」と、ユニクロの35年への向き合い方に共感を寄せています。さらに2025年12月から2026年1月にかけては、ユニクロ「UTme!」でSUPER BEAVER結成20周年の特別企画スタンプも発売されました。
渋谷龍太さん本人のX投稿(2019年5月29日)。ユニクロ誕生感謝祭35周年でモデルを務めた際の投稿で、引用されたユニクロ公式投稿には、レザージャケットにユニクロのスキニージーンズを合わせた本人の姿が写っています。
※出典:渋谷龍太さん公式X。表示されない場合はリンク先で投稿を確認できます。
ステージはポリエステル、私服はレーヨン
実用派な一面も渋谷さんらしいところです。ステージ衣装のシャツはポリエステル素材を選ぶことが多く、その理由は「洗濯できてアイロン不要だから」。私服ではレーヨンのシャツを好むそうです。見た目の華やかさの裏で、ツアーを戦うための合理的な選択が徹底されています。
ゴールドのアクセサリーと、浅草のハンドメイドブーツ
アクセサリーは、父親からゴールドのネックレスをもらったことをきっかけに顔周りをゴールドで統一。本人は「めちゃめちゃ安いですけど(笑)」と、安価なものだと明言しています。一方で靴は、浅草「ROLLING DUB TRIO」のハンドメイドブーツを愛用。高いものと安いものを、値段ではなく「好きかどうか」で選ぶ。その線引きの潔さが、渋谷さんのスタイルです。
俳優としての挑戦:『ナイトフラワー』とブルーリボン賞
2025年11月公開の映画『ナイトフラワー』(内田英治監督)で、渋谷龍太さんは俳優デビューを果たしました。演じたのは、北川景子さん演じる主人公と取引する麻薬密売の元締め・サトウ役です。以前から演技のオファーはあったものの「バンドマンが演技をすることに違和感があった」と断り続け、バンド20年で軸がぶれないと確信して挑んだ一作でした。
その演技は高く評価され、第68回ブルーリボン賞新人賞を受賞しました(2026年1月発表)。受賞スピーチでは「賞とは無縁の人生を歩んできました」と語り、会場を沸かせています。なお、北川景子さんが歌唱シーンの相談をした際に渋谷さんから返ってきた助言は「技術じゃない。魂だ」だったと、北川さん本人がインタビューで明かしています。
SUPER BEAVERの現在地
結成20周年、ZOZOマリンスタジアムで約6万人
結成20周年の2025年、SUPER BEAVERは6月20日・21日に自身最大規模となるZOZOマリンスタジアムのワンマンライブを開催し、2日間でおよそ6万人を動員しました。さいたまスーパーアリーナでの自主企画「現場至上主義 2025」も含め、20周年イヤーは大きな節目続きでした。
初のドームツアー完遂と、アルバム『人生』
2026年6月24日には10thフルアルバム『人生』を発売。そして結成22年目にして初のドームツアー「都会のラクダ DOME TOUR 2026」(京セラドーム大阪8月1日・2日、東京ドーム9月22日・23日)を全公演ソールドアウトで完遂しました。下積み時代に年間100本以上のライブを重ねたバンドが、ついにドームに立ったのです。
紅白歌合戦は「これから」の楽しみ
なお、SUPER BEAVERはこれまでのところNHK紅白歌合戦への出場はまだ実現していません。毎年のように「初出場が期待される筆頭」と名前が挙がる存在であり続けており、ドームツアーを完遂した今、その期待はさらに高まっています。
よくある質問
Q. 渋谷龍太さんの出身地はどこですか?
東京都新宿区、歌舞伎町の生まれ育ちです。生まれた病院もホテル街の中にあったと本人が語っており、今も新宿に住み続けています。
Q. 渋谷龍太さんは歌舞伎町で働いていたのですか?
歌舞伎町で働いていたという事実は、本人の発言としては確認されていません。確認できるのは、歌舞伎町で生まれ育ったことと、下積み時代に居酒屋で長年アルバイトをしていたこと(勤務地は非公表)です。
Q. 本当にユニクロを着ているのですか?
2019年のユニクロ誕生感謝祭35周年でモデルを務めた際、ユニクロ公式が「長年ご愛用いただいているユニクロスキニージーンズ」と紹介しています。2025年末にはUTme!でバンドの20周年コラボ企画も行われました。
Q. 渋谷龍太さんの本はどこで読めますか?
長編小説『都会のラクダ』(2021年)とエッセイ集『吹けば飛ぶよな男だが』(2023年)が、いずれもKADOKAWAから刊行されています。
Q. SUPER BEAVERはドームツアーを終えたばかりですか?
はい。初のドームツアー「都会のラクダ DOME TOUR 2026」は、2026年9月の東京ドーム公演で完遂しました。全公演ソールドアウトでした。
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まとめ
渋谷龍太さんにとっての歌舞伎町は、観光地でも歓楽街でもなく「ただの地元」です。生まれた病院も、初ライブのライブハウスも、行きつけの飲み屋も寄席も、すべてこの街とその周辺にあります。ドームに立つスターになっても住む場所を変えず、ユニクロのスキニージーンズを愛用し、買い物ではバイト時代の時給換算をしてしまう。その変わらなさが「等身大」という言葉の意味を教えてくれます。
「かぶきまち生まれです」と笑う最新の姿まで含めて、渋谷龍太さんの魅力は、大きくなっても地元と地続きであることに尽きます。これからも歌舞伎町から、あなた一人ひとりに向けて歌い続けてくれるはずです。




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